概念的定義の開発の例|【統計学・統計解析講義応用】
概念的定義の開発の例
ベック〔Beck, 1996〕が,「パニック」という概念について概念的定義を開発した一例を示そう.
1.予備段階の定義:パニックとは,突然,予測不能な圧倒的な恐れに襲われることであり,論理的な能力を失い,死や狂気への恐れとともに,顕著な生理的混乱をともなう.
2,文献レビュー:ハニックに関する学際的文献および学問領域内文献のレビューを行う.
3.例証するケースの開発:リングは,既婚で,3歳の娘と生後3か月の息子の母親である,20代後半で大学卒….初産ののち,産後パニック障害を体験した,第1子の産後6週間のとき,娘の洗礼時にパニックが始まった.パニックは,どこからともなく突然襲ってきた,動悸が生じ,手が汗ばみ,泣くのをやめられなかった.リングは,教会で座り続けることが耐えられなかった.ひどく外に走り出たくなった.頭の中の気持ちがあまりにつらくて気が狂いそうになり,何も考えられなくなった.パニックの結果,リングは自分の生活スタイルを変えた.おそろしくエネルギーを使って.自分か正常に見えるように努力した.パニック発作に襲われるのを避けるためなら,どんなことでもした.たとえば,教会では一番後ろの席に座り,パニックが起こったらすぐに外に出られるようにした.パニックが5分から10分続くだけであっても,1分間が何時間にも感じられた.パニックが起こっているとき,リンダは我を忘れた.まるでそこに座っていないように感じた.
4.概念の意味のマッピング:文献と経験的観察を統合しながら,文献におけるパニックのさまざまな意味を整理するような概念図を開発した.
5.修正された理論的定義の陳述:パニックは,突然予測不能な圧倒的な恐れに襲われることであり,全か無かという性格をもち,以下をともなう.@動悸や失神感(気が遠くなる感じ),発汗といった明らかな生理的混乱,A時間感覚の歪みと論理的能力の喪失.それは,死ぬかもしれな凶運が差し迫っている,コントロールできない,そして/または,気が狂うという,恐れに満ちた認識を生じる,Bこの状況から逃げだしたい,今後のハニックを避けたい,という強い欲望.
一般に量的研究者は,研究の枠組みを特定できない場合,質的研究者よりもやましい気持ちになる.
大部分の質的研究では,枠組みは,その研究に埋め込まれている研究の伝統の一部である.
たとえば,民族誌学者は通常,文化の理論の範囲内で研究を始める.
クラウンデッド・セオリーの研究者は,研究枠組みと現象を考えるアプローチに,社会学的原理を組み込む.
大部分の質的研究者が尋ねる問いとそれに取り組むためにもちいる方法は,本質的に,なんらかの理論的な定式を反映している.
理論および概念モデルの特性
理論と概念モデルは,その源,一般的性質,目的,研究での役割などにおいて,とても共通点が多い.
ここでは,理論という用語を,概念モデルも含めた広い意味でもちいることにする.
理論とモデルの起源
理論と概念モデルは,発見されるものではない.
創造され発明されるものである.
理論の構築は,われわれの環境のなかで観察できる事実だけでなく,それらの事実を寄せ集めて意味あるものにするという発案者の工夫の才も必要である.
つまり,理論の構築は,洞察力があり,しっかりした(十分に根拠を備えた)知識基盤をもち,そして観察したことやエビデンスをわかりやすいパターンに編みあげる能力をもつ人なら誰でも参加できる,創造的で知的な事業である.
理論とモデルの暫定的性質
理論と概念モデルは,決して証明できない.
理論は,現象を記述し説明しようとする科学者の最善の努力であるが,今日成功を博している理論が,明日は信頼できないものになるかもしれない.
これは,新しいエビデンスや観察が,以前に受け入れられていた理論を論破する場合に起こりうる.
また,新しい理論体系が,新たな観察を既存の理論と統合して,現象をより無駄なく説明することもある.
その文化の価値観や哲学的志向性に合致しない理論やモデルは,時を経て見向きもされなくなるかもしれない.
その理論のある側面が,流行はずれになって支持者を失うということも珍しくはない.
たとえば,女性の役割についてのとらえ方の変化によって,何十年来にわたり広く支持されていた精神分析理論や構造主義的社会理論が,見直され改められてきた.
このような理論と価値観の結びつきは,科学を完全に客観的なものと考えている人にとっては驚くことかもしれない.
しかし,覚えておこう.理論は,人間が意図的に考案したものであり,時代とともに変化する人間の価値観や理想から完全に自由ではありえない.
要するに,理論もモデルも,究極的なもの,確証されたものとして受けとめることはできず,常に修正されたり棄却されたりする可能性を残している.
自然科学の理論の多くは,かなり経験的検証を経たものであり,それらの広く受け入れられた命題は,ボイルの「気体の法則」のように,法則(law)ということが多い.
それにもかかわらず,どの理論もその究極的な正確性と有用性を知るすべはなく,したがって,すべての理論は暫定的なものとしてあつかわなければならない.
この警告は,看護学のような新しい科学分野にはとくにあてはまる.
理論と概念モデルの目的
理論的枠組みや概念枠組みは,科学の進歩において,いくつかの相互関連的な役割を果たす.
それらの大局的な目的は,研究結果を意味ある,一般化できるものにすることである.
理論によって,研究者は,観察と事実をきちんとしたかたちに編みあげることができる.
蓄積された事実,ときには別個の独立した研究からの事実を一緒に描くのに,理論は効果的なメカニズムである.
研究結果を一貨した構造に結びつけることによって,蓄積したエビデンスは,より受け入れやすく,より有用なものとなる.
要約することに加えて,理論とモデルは,ありのままの現象が何であるかだけでなく,なぜそれが起こるのかについて,研究者が理解する際の手引きともなる.
理論は,現象の発生を予測する基盤を与えることも多い.
つまり,予測することは,それらの現象のコントロールをも意味する.
実用的な理論とは,人々の行動や健康に望ましい変化をもたらす可能性をもっている.
理論と概念モデルは,方向性と起動力の両者を与えることで,研究や知識の拡大を刺激するのに役立っている.
看護の概念モデルを検証するために,多くの看護研究が積極的に生みだされてきた.
したがって,理論は,知識を進展させ,実践のためのエビデンスを積み重ねるための1つのたたき台として働いているだろう.
理論と研究の関係
理論と研究は,互恵的な関係である.
理論やモデルは,観察から帰納的に構築される.
そうした観察の優れた源泉に,徹底的な質的研究などの先行研究がある.
研究をとおして経験的に確認された概念と関係が,理論開発の基盤となる.
次いでその理論は,仮説からさらなる系統的探究へと,演繹的に検証されなければならない.
このように,研究は,理論の構築と検証において,双方向で継続的な役割を果たす.
理論は,研究のためのアイデアを手引きし,アイデアを生みだす.研究は,理論の価値を評価し,新しい理論のための基盤をもたらす.
しかし,一般性を備えた実質的な理論をもたない研究が,看護実践に寄与できないと判断するのは合理的でない.
看護研究には,蓄積される必要のある事実がまだたくさんあるし,純粋な記述的探究が,今後の理論開発の基盤となる可能性も十分にある.
理論を検証しない研究が,のちに理論につながる可能性もある
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