ランダム化臨床試験に関する倫理的考察|【統計学・統計解析講義応用】
ランダム化臨床試験に関する倫理的考察
ランダム化臨床試験(randomized clinical trials.RCT)は,依然として新薬や生物学的製剤,他の医療介入の開発における安全性と有効性を実証すための方法であり,「ゴールドスタンダード」である.
RCTは,いくつかの特徴がある.
RCTは統制され,ランダム化され,多くは盲検化される.
そして,結果の有意性は.事前に定めたアルゴリズムに従って統計学的に決定される.
RCTは典型的には,特定の疾患に対する治療,診断,予防に関する2つ以上の介入(例えば薬剤A対薬剤B)の同等性または優越性に関する比較を行う.
RCTのデザインと実施には,特有な倫理的問題のスペクトルが存在する.「RCTについて検討する際に,通常のIRBメンバーは,その複雑さと,それが意味する多種多様な問題(manifold problem)に困惑する.」
RCTを開始する倫理的正当化は,通常,「公正な帰無仮説(an honest null hypothesis)」といわれ,また,均衡(equipoise)または臨床的均衡(clinical equipoise)と呼ばれる.
介入Aと介入Bを比較するRCTでは,もしAとBの優劣に関する説得力のあるエビデンス(AはBよりも有効である,または毒性が乏しいと示す明らかな証拠)がない場合,臨床的均衡にあるといえる.
RCTの目的は.各介入の相対値について確かな証拠を示すことである.
均衡は,研究においてさえ,患者は前もって劣っていることがわかっている治療を受けるべきでなく,研究参加者は利用可能な有効な治療を与えられなければならないという考えに基づいている.
どちらの治療が優れているのかわからないということが,被験者にいずれかの治療を受ける均等な機会を与えることを正当化し,被験者の半分または一部をRCTで提供される異なる治療に割付けることを倫理的に許容する.
研究における均衡の意味や正当性に関してまだ混乱している部分があり,その適用についても依然として論争がある.
一部の者は,均衡は治療と研究の誤った合流に基づいており,したがって,放棄されるべきであると主張している.
RCTのもう一つの論争は,「納得がいく」エビデンスとしてなにが重要であるかという問題を含む.
RCTの群間に認められた差が偶然である確率が5%未満であるということを示すのにp=0.05という有意水準が一般的に用いられるが,臨床的には有意な価値を減じて評価してしまう懸念がある.
また,エビデンスのバランスを考えるときに,予備データ,先行研究のデータ,パイロット研究や統制されていない研究のデータが,どの程度影響を与えるか,どの程度取り入れるべきか,ということについても意見の相違がある.
このようなデータの存在によって均衡が成立しなくなる場合もある.
しかし,小規模な研究や統制されていない研究のデータは,安全性や有効性について虚偽もしくは不確実な印象を与え,同様に害を及ぼす可能性がある.
2つ以上の介入のどちらが,患者集団の長期的なアウトカムにおいて優れているかということに関する納得がいくエビデンスの不足が,個々の患者にとって,その時点で何が最善かの判断を不可能にするわけではない.
個々の患者特有の症状,副作用,価値観,優先条件などによって,他の介入に比べその介入が良好であることもあり得る.
そうした場合,その患者はRCTへの参加のために良い候補者ではないかもしれない‥患者のケアに責任のある臨床医は,これらの要因を考慮しなければならない.
臨床医がまた,患者が被験者である研究の研究者として対応する場合,緊張と役割葛藤が生じる場合がある.
患者のニーズを見逃さないようにするには,こうした緊張を意識すること,患者に明瞭に説明すること,チームの他のメンバーを信頼すること,時には臨床医と研究者の役割を分けることが必要であるかもしれない.
RCTにおけるもう一つの重要な科学的・倫理的な考慮事項は,介入の相対的なメリットを決定するためのアウトカム変数の選択である.
異なる決定は,介入の有効性が生存・腫瘍縮小・症状・代替エンドポイント. QOLかいくつかの複合的指標の尺度に応じて変わる可能性がある.
臨床試験のエンドポイントの選択は,単に科学的な意思決定ではない.
RCTでは,被験者はランダム化の過程を経て,治療を割付けられる.
これは,個人のニーズや特性に基づいてよりは,各々の被験者がコンピュータ.または乱数表を用いてランダムに治療を割付けられるということを意味する.
ランダム割付(random assignment)の目的は,類似の2つ以上の治療群を維持することによって,適切に交絡変数(confounding variables)を制御することである.
RCTは多くの場合,単盲検(被験者が割付けられた治療を知らない),または二重盲検(被験者と研究者が,割付けされた治療を知らない)で行われる.
ランダム割付と盲検は,臨床研究においてバイアス減らし,結果の信頼性を増すために使われる方法である.
ランダム割付や盲検化はRCTの目標とは一致しているが,必ずしも患者一被験者の最善の利益や自律性の関心と一致しているわけではない.
一部のプラセボ比較盲検試験では,被験者と研究者が.試験薬かプラセボに割付けられているかを(偶然よりより頻繁に)推測することができ,バイアスを減らすという目標を妨げる可能性がある.
盲検化とランダム化の必要性と妥当性は,個々の提案された研究プロトコールのデザインと審査によって評価されるべきである.
ランダム化と盲検化が有用で,個別のプロトコールに適切であるとみなされたとき,2つの倫理的問題が残されている.
(1)治療の好みや,どちらの治療を受けているのかという情報は,自主的な意思決定に関連する.
(2)被験者がどの介入を受けているのかという情報は,有害事象の管理や医学的な緊急時に璽要である.
(1)の問題に関連して,被験者は研究の目的についての知らされるべきであり,ランダム割付や自分が受けている治療に関する情報を一時的に知らされないことに関して同意を求めるべきである.
自主的な決定をするための情報について,被験者のニーズの尊重と科学的客観性のニーズのバランスをとるために,研究者は被験者に研究の目的に関する十分な情報と,ランダム化と盲検化の方法についての情報を提供しなくてはならない.
被験者は,プロトコールまたは他のいくつかの所定のポイントが完了するまで,その治療割付けについての情報を知らせないことに同意するように求められる.
その時点で,彼らは臨床試験で受けた介入について知らされるべきである.
一部の例では,被験者の安全と福祉に対する懸念と一致している場合があり,被験者がどのような治療を受けているかという情報は,有害事象や他の医学的緊急時の対応において重要な場合がある.
被験者の安全と研究の科学的客観性のバランスをとるには,研究者は,どんな状況に置かれたら盲検化を解除するかについて,前もって考えておかなければならない.
具体的には,プロトコールには.どこにそれを記載するか,どんな状況が起きた場合に情報を開示するのか,誰が開示するのか.情報はどのように扱うか(研究者,被験者, IRB,担当医にそのことは知らされるのか),盲検化を解除した場合のデータ解析に与える影響について明記する必要がある.
被験者は,緊急事態が起きた場合に誰に連絡をとるのかについての情報を常に知っておく必要がある.
IRBは.こうした計画が十分に患者の安全を確保するものとなっていることを確認しなくてはならない.
特に国際的な研究の環境下で.最近注目を集めている問題は,研究者は試験終了時に,どのように被験者が便益を受けている研究中の介入を受け続けられることを保証するかという方法についてである.
RCTの被験者が,そのPCTにおいて優越性が示された介入を受けられるという保証を前もって受けるのが当然であるという主張もある.
有用性を示された治療に割付けられた被験者は,その治療を継続できるのか,劣っている治療に割付けられていた被験者が有効性を示された治療を受けられるのか,そしてそれらはどういう方法で行われるのか,を研究者は事前に計画しなくてはならない.
治療へのアクセスに関する研究者や出資者の義務に関しては,大きな意見の不一致がある.
実用性と治療への継続的なアクセスを保証するために必要なリソースに関するさらなる対話は,極めて有用であろう.
試験治療の1つがプラセボとなる場合,ランダム化への同意は被験者に対してはより難しい場合がある.
プラセボの使用が,被験者が必要とする治療を受けられなくする可能性があるため,プラセボへの割付けには問題があるとする議論もある.
一方.その優越性が証明されていない実験的な治療では,プラセボに割付けられた被験者は,潜在的な中毒性の副作用や,効果のない薬剤の投与を回避しているだけかもしれない.
科学的には,実験的な薬剤や治療にプラセボ対照をおくことは,研究者が効果的で厳密な方法で有効性を確立することを可能にする.
逆に,既に有用性が確立している治療と別の治療の比較を行うRCTがあるとすれば,研究者は治療の同等性(つまり,実験的な薬剤と標準な対照治療に差がないこと)を証明することができる.
一般に,プラセボ対照を置くことは,その条件における標準治療がない場合,新たなエビデンスにより標準治療の治療効果に関する疑問が生じた場合,標準治療に抵抗性の患者集団や標準治療を拒否した患者集団に対する治療を研究する場合に容認されている.
利用可能な治療の選択肢が存在する場合のプラセボ対照の是非は,議論の残るところである.
このような場合のプラセボ対照試験を実施すること自体,ヘルシンキ宣言の原則に反しており,適切でないと主張する者もいる.
また. RCTにおける対照群の選択は,研究の目的,被験者を2つの群に割付けることで予想される結果,既存の治療の効果に関するエビデンスの質,測定したアウトカムの可変性,プラセボ効果の働きに関する予測などの要因に依存するという意見もある“.
一部の著者は.プラセボの妥当性を決定する要因として被験者への科学的デザインと,被験者へ起こり得るリスクの双方を考慮して「中間」を提案している.
様々な意見はあるが.無治療またはプラセボ投与により患者が死亡,障害または重篤な合併症につながるのであれば,プラセボ対照試験は行うべきではないというのが広く同意を得ている見解である.
おわりに
ヒトを対象とした臨床研究の実施に関連する倫理的原則とガイドラインは,搾取の可能性を最小限にし.研究の被験者となる個人の権利と福祉に対する尊重とそれを保護することに役立つ.
研究倫理の歴史的進化,臨床試験を実施に関する体系的な倫理的枠組み,ランダム化臨床試験に特有な,倫理的に考慮しなければならない問題のいくつかを説明した.
ヒトを対象とした臨床研究の道徳・倫理的な行為は,倫理的原則,倫理綱領,規制を遵守することに加え,関与するすべての人の思慮深さ,誠実さ,聡明によって決まる.
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