質的研究におけるリスクの問題の例|【統計学・統計解析講義応用】
質的研究におけるリスクの問題の例
カエリ〔Caelli, 2001〕は,健康についてのナースの理解に焦点をあて,こうした理解がどのように看護実践に生かされるのか,現象学的研究を行った.
参加者の1人は,研究者との数回にわたる面接をとおして自分の健康の体験を探索した結果,生活において健康が果たす役割を新たに認識することになり,市立病院の職を辞した.
権利を不当に利用(搾取)しない
研究に関与する際に,参加者を不利な立場に追い込んだり,心構えができていない状況に追いつめてはならない.
研究参加者は,研究への参加,または研究者に提供される情報が,参加者の不利になるような利用はされないことを保証される必要がある.
たとえば,研究者に経済的な状況を説明した女性を,メディケイドの給付金を失う危険にさらすべきではない.
薬物乱用癖を報告する人に,それが犯罪取締当局に発覚するおそれを感じさせてはならない.
研究参加者は,研究者と特別な関係になるが,この関係が決して不当に利用されないことが肝要である.
不当利用には,明らかに悪質なものもあるが(たとえば,性的搾取,対象者の身元確認情報を利用して名簿を作成する,献血された血液を利用し商品を開発すること),とらえにくいものもある.
たとえば,研究対象者が,30分を要する研究に参加することに同意したとしよう.
それから1年後,研究者は,その後の経過や状況を追跡するために,参加者に連絡をとって話を聞くことに決めた.
その場合,追跡調査がある旨を事前に参加者に説明していなかったならば,研究者は,あらかじめ合意していた事柄に従わなかった点や,研究者と参加者の関係を利己的に利用したという点で,責めを負うべきだろう.
看護研究者は,ナース一患者関係(研究者一参加者の関係に加えて)をもつため,とくに配慮して,この関係を不当に利用しない訓練が必要だろう.
患者が研究への参加に同意するのは,研究者の役割を,研究者としてではなくナースとしてとらえているからだという点を認識すべきである.
質的研究では,不当利用の危険はとくに深刻なものになるだろう.
というのも,研究者と研究参加者との心理的距離は,一般に,研究の進展にともなって接近するからである.
擬似治療的な関係になることもまれではなく,研究者にはさらに責任が課され,不注意から不当利用が起こる危険性も高まる.
一方,質的研究者は,一般に,ただ単に害を及ぼすのを避けるというよりはよくやっているという点で,量的研究者よりもよい立場にいる.
それは,参加者とのあいだに築かれる親密な関係によることが多い.
マンホール〔Munhall, 2001〕の主張によれば,質的看護研究者は,「矛盾が生じる場合,看護の治療上の必要(擁護)を,研究上の必要(知識の向上)より優先させる」ことを保証する責任がある.
研究による利益
人々が研究調査への参加に同意するには,多くの理由がある.
直接的な利益があることを了解している場合もある.
しかし,研究による利益は,一般に,社会または他人に生ずることのほうが多い.
したがって,役に立ちたいとの願いから,研究に参加する人が多いようである.
研究者は,利益が最大限となるように,また潜在する利益について研究参加者に伝えるよう,努めるべきである.
リスク/利益比
研究をデザインするにあたり,研究者は,予想されるリスクと利益を注意深く査定しなければならない.
査定では,参加者が体験するであろうリスクと利益について,参加者と分かちあい,参加することが彼らの最大の利益になるかどうか,参加者自身が評価できるようにすべきである.
研究デザインの予想されるリスク/利益比(risk/benefit ratio)を評価するにあたり,研究者は,研究に参加するのが自分の家族なら,自分がどの程度,安心していられるかを考えてみるべきだろう.
また,リスク/利益比は,参加者にとってのリスクが,社会にとっての利益,およびその研究で得られるエビデンスの質という面からみた看護の専門性が得る利益と,釣り合いがとれているかという点から考慮すべきである.
一般的な指針としては,研究参加者が被るリスクの度合いが,得られる知識に潜在する人道的利益を決して超えてはならないというものである.
したがって,患者ケアを改善する可能性がある有意義なトピックを選択することは,研究を確実に倫理的なものにするための第一歩である.
研究に,ある程度のリスクはつきものだが,多くの場合,リスクは最小限である.最小限のリスク(minimal risk)とは,日常生活において通常に出会う,またルーチンの身体的もしくは心理的試験や処置が行われる際に通常に出会う頻度を超えない程度に予想されるリスク,と定義される.
最小限のリスクを超える場合,研究者は十分な注意をはらって研究に着手し,あらゆる手段を講じてリスクを軽減し,利益を最大限にするよう努めなければならない.
参加者が認知するリスクや損失が,研究で生じると予測される利益を上回るとき,その研究を断念するか,研究デザインを変更すべきである.
量的研究では,研究の詳細の大部分について通常,事前に細かく説明するため,かなり正確なリスク/利益比の査定が可能になる.
けれども,質的研究は,通常,データの収集とともに展開するので,研究に着手するときにあらゆるリスクを査定するのはむずかしい.
そのため,質的研究者は,研究プロセス全体をとおして,濳在的なリスクに細心の注意をはらわなければならない.
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