認知症治療薬|【統計学・統計解析コラム】
認知症の増加が指摘されています。
以前は治療薬がないと言われてきた認知症においても薬物療法が発展し,認知症治療が注目されてきています。
現在では4種類のAlzheimer型認知症治療薬が使用され,また,開発中の認知症治療薬もあります。
さらに,認知症の行動・心理症状(behavioral and psychological symptoms of dementia: BPSD)に対して非薬物療法と共に種々の治療薬を用いた薬物療法も行われています。
認知症疾患の診療ガイドラインも作成され,認知症治療への関心が高まっています。
認知症者はきわめて多数であり,認知症の治療は,専門医のみならず,必ずしも認知症を専門とはしていない非専門医を含めた多くの医師により行われます。
また,認知の症者が他の疾病により診療を受ける場合も多く,他領域の医師も認知症への対応が求められ,認知症治療への理解を必要とする機会も少なくありません。
薬物療法を行う際には使用している薬剤の有害事象を理解してその出現に注意を払う必要があり,有害事象出現の有無を確認すると共に投薬の必要性を継続的に評価しながら薬物療法を行っていくことも求められます。
わが国における高齢者の認知症有病率は今後も高くなり,認知症者が増加していく可能性が示されています。
海外においても,アジア・アフリカなどを中心に今後の認知症者数が増大する可能性が指摘されています。
一方,欧米においては認知症者発症率の減少を指摘する報告もあります。
しかし,高齢化もあって認知症者数は増加すると考えられ,わが国のみならず世界の認知症者数は増加すると考えられています。
認知症ぱ一度正常に達した認知機能が後天的な脳の障害によって持続性に低下し,日常生活や社会生活に支障をきたすようになった状態で,それが意識障害のないときにみられる”ものとされます。
認匈畄の診断基準には,いくつかのものがあります。
2011年に米国国立老化研究所(Natk nalInstitute on Aging : NIA)と, Alzheimer病協会(Alzheimers Association : AA)により診断基準が示されました。
一方, 2013年にAmerican Psychiatric Associatk nにより示されたDiagnostic and statistical manual or mental disorders, Fifth Edition(DSM-5)では,神経認知障害という表現が川いられるようになり,これには,せん妄やmajor and mild neuro cognitive disorderが含まれます。
このmajor and mild neurocognitivc disorderの日本語訳としては,それぞれ,「認知症(DSM-5)」と「軽度認知障害」が用いられます。
認知症診断基準の要約。
1.仕事や日常生活に支障
2.以前の水準に比べ遂行機能が低下
3.せん妄や精神疾患によらない
4.認知機能障害は次の組み合わせによって検出・診断される
@患者あるいは情報提供者からの病歴
A“ベッドサイド”精神機能評価あるいは神経心理検査
5.認知機能あるいは行動異常は次のうち少なくとも2領域を含む
@新しい情報を獲得し,記憶にとどめておく能力の障害
A推論,複雑な仕事の取り扱いの障害や乏しい判断力
B視空間認知障害
C言語障害
D行動振る舞いの変化
(日本神経学会認知症疾患治療ガイドライン作成合同委員会,認知症疾患治療ガイドライン2010コンパクト版2012.東京:医学書院:2012)
認知症や認知機能障害の原囚となる疾患・病態は多彩です。
その中でも, Alzheimer型認知症が最も多く、次いで多い認知症は血管性認知症(vascuhlr dementia: VaD)とされます。
さらに, Lewy小体病(Lewy body disease: LBD)が続きます。
認知症診療においては,これらの認知症の原因となる疾患を鑑別していくことも重要です。
認知症性疾患の診断に際しては,病歴,現症・身体所見,神経心理検査,髄液検査, 画像検査などにより鑑別診断を進めます。
.2).うつによる偽性認知症やせん妄などを鑑別し,認知症を診断する.次に,哽膜下血肺や正常圧水頭症,代謝性疾患や内分泌疾患などに伴う認知症など,いわゆる治療可能な認知症と呼ばれる認知症を見逃さないようにします。
認知症の中で最も多いのはAlzheimer型認知症であり,記銘力障害や物盗られ妄想などの臨床的特徴や,頭部MRIや脳血流SPECT検査などの特徴的変化を確認することにより診断することも行われます。
Alzheimer型認知症は、NIA-AAによる新しい診断基準が示されました。
それまで,Alzheimer病という川語はその病理学的状態を指したり, Alzheimer病による認知症症状が明らかになった段階での臨床症候群に対して用いられたりしていました。
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NIA-AA診断基準では,“Alzheimer病”は根底にある病態生理学的過程を包含する用語として定義し, Alzheimer病による認知症を示す状態としてAlzheimer病認知症としてAlzheimer病とは区別して示す考えも示されました。
Alzheimerの病態には,アミロイドβやタウ蛋白が関与する.アミロイドβの脳における薪積は認知機能障害が出現する10年以上も前から始まるとされ,その蓄積はアミロイドイメージングにより確認できます。
また,脳脊髄液中のアミロイドβやタウ蛋白の濃度測定も診断に有用です。
バイオマーカーの活用により, Alzheimer病の初期像としてその病理学的な病態はあるが,まだ臨床的に認知症の症状を認めない発症前段階であるpreclinical Alzheimer病も捉えられるようになってきました。
Alzheimer病の病理学的変化,神経細胞障害が徐々に進むと,軽度認知障害になる.軽度認知障害は,正常と認知症の中問に位繊する状態で,軽度の認知機能障害はみられるが認知症のレベルにまでは達しておらず,日常生活の支障も認められません。
軽度認知障害から,さらに認知症症状が明らかになってAlzheimer型認知症、 IA-AAによるprobable Alzheimer型認知症の主要臨床診断基準認知症があり
1,数力月から年余に緩徐進行
2.認知機能低下の客観的病歴
3.以下の1つ以上の項目で病歴.検査の明らかな低下
@健忘症状
A非健忘症状:失語,視空間障害.遂行機能障害
4.以下の所見がない
@脳血管障害
ALewy小体型認知症
BBehavior variant FTD
CSemantic dementia, non-fluent/agrammatic PPA
D他の内科・神経疾患の存在,薬剤性認知障害
このAlzheimer型認知症について,実地臨床で用いる主要臨床診断基準I覆ilと,バイオマーカーを取り入れた研究目的の診断基準が示されています。
日本神経学会を含む認知症関連6学会により作成された,認知症診療ガイドライン2010では,その臨床的特徴を示しており, Alzheimer型認知症は,
@潜行性に発症し,緩徐に進行
A近時記憶障害が特徴的
B進行に伴い,見当識障害や遂行機能障害,視空同障害が加わる
C病識の低下,うつ症状やアパシー等精神症状,場合わせや取り繕い反応といった特徴的な対人行動
D比較的初期から物澂られ妄想が認められる場合があります。
E初老期発症例では,失語症状や祝空間障害・遂行機能障害等の記憶以外の認知機能障害が前景に立つことも多いです。
F病初期から著明な局所冲経症候を認めることは少ない,といった特徴が記職されています。
認知症治療においては,原則として,薬物治療を開始する前に適切なヶアやリハビリテーションの介入を考慮するl鯱薬物療法は少量で開始して緩やかに増量し,有害事象の出現や薬効をチェックしながら使用していきます。
ドネペジル,ガランタミン,リバスチグミンのアセチルコリンエステラーゼ阻害薬と, NMDA受容体拮抗薬であるメマンチンの,4種類の認知症治療薬が,現在,使用されています。
それぞれの薬剤で臨床的特徴に若干の差異があり,使い分けなども考慮されます。
病期別に治療薬の選択アルゴリズムも作成されています。
治療薬の選択肢が増え,効果不十分であった場合などには,他の薬剤への変更も検討します。
認知症の行動一心理症状(BPSD)に対しても,いくつかの薬剤が使用されることがあります。
かかりつけ医のためのBPSDに対する向精神薬使用についてガイドラインも示されています。
1999年に抗認知症薬としてドネペジルが導入され、認知症の治療の時代が始まりました。
2002年に日本神経学会が中心となり「痴呆疾患治療ガイドライン2002」が発行され、2010年には「認知症疾患治療ガイドライン2010」として改訂されました。
その後、 2011年に新たにガランタミン、リバスチグミン、メマンチンの3つの抗認知症薬が使用できるようになり、治療選択肢が広かりました。
2010年の一般医を対象とした医療ニーズ調査に比べて、2013年の神経内科専門医を対象とした「神経疾患に関する医療ニーズ調査」ではAlzheimer型認知症治療薬の満足度が改善しています。
大脳皮質のアセチルコリン作動性神経は、マイネルト核から脳内各部位に向かって神経線維を投射している大脳では、記憶において重要な役割を果たす海馬や扁桃体などの大脳辺縁系や大脳連合野の神経細胞脱落が顕著で、これらの部位ではアセチルコリン作動性神経の密度が特に高くなっています。
アルツハイマー型認知症患者の脳ではコリントランスフェラーゼ活性、アセチルコリンエステラーゼ(AChE)活性およびアセチルコリンそのものが初期から低下していることからアセチルコリンはアルツハイマー型認知症の治療標的とされてきました。
アセチルコリンによる神経細胞シナプス問の情報伝達システムは、シナプス前神経終末から放出されたアセチルコリンは、シナプス後神経終末のアセチルコリン受容体と結合し受容体を活性化します。
アセチルコリンは神経細胞間においてAChEやブチリルコリンエステラーゼによってコリンと酢酸に分解されます。
分解された後は再びシナプス前神継終末に収り込まれ、アセチルコリンに合成されます。アルツハイマー型認知症治療薬として、AChEなどのコリン分解酵素を阻害することにより脳内で減少しているアセチルコリンを上昇させる薬剤をChE阻害薬といい、ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミンの3種類があります。
ドネペジル
ドネペジルはわが国において最初に認可された抗認知症薬で、AChE阻害作用を有し、中枢神経への移行性が高く末梢組織におけるコリンエステラーゼ阻害作用が少ないです。
わが国では1999年11月に軽度から中等度Alzheimer型認知症患者に対してドネペジル5 mgが使用可能となり、その後、重度Alzheimer型認知症患者に対するドネペジル10 mgの適応が拡大され、幅広い適応を有します。
また、 Levy小体型認知症に対してMMSE低下を抑制することが示され同疾患に対して保険適応を有する唯一の薬剤です。
錠剤、細粒、口腔内崩壊錠、ゼリー剤およびODフィルムと剤型も豊富です。
本剤は半減期が70 〜80時間と長いため一日一回の投与が可能です。
また、アルツハイマー型認知症患者のBPSDに対する効果として、プラセボ群と比較して抑うつ、アパシーおよび不安に対する有意な改善効果が報告されています。
アルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制に対しては、通常、成人には3mgから開始し、2週闘後に5mgに増量し、経口投与します。
重度のアルツハイマー型認知症には、5mgで4週間以上経過後、増量します。なお、症状により適宜減量します。
また、Lewy小体型認知症における認知症症状の進行抑制に対して保険適応を有する唯一の薬剤で、通常、成人には1日3mgから開始し、2迦間後に増量し経口投与します。
ガランタミン
ガランタミンは、 AChE阻害作用の他に、二コチン性アセチルコリン受容体(nAChR)においてアセチルコリンが結合する部位とは異なる部位(アロステリック部位)に結合し、受容休の感受性を高めるAPL作用を有します。
APL作用によりグルタミン系、GABA系、セロトニン系およびドパミン系細胞にも作用し、神経伝達物質の遊離を促進します。
また、二コチン性アセチルコリン受容体を介するミクログリアのAβ貪食促進作川も示されています。
血中半減期は8〜9時間と短いため1日2回の内服が必要です。
服薬回数が多い点ではアドヒアランスが悪くなる例もありますが、むしろ薬剤調整がしやすくなることもあります。
Alzheimer型認知症忠者のBPSDに対する効果として、プラセボ群と比較して不安、脱抑制異常行動、激越/攻撃性に対する有意な改善効果が報告されています。
剤型として錠剤、口腔内崩壊錠と内用液があります。
軽度および中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制に対して効果を示します。
リバスチグミン
リバスチグミンはフェニルカルバメート誘導体で、アセチルコリンエステラーゼとブチリルコリンエステラーゼの両方に対する阻害作用を有します。
リバスチグミンはAChEと一旦結合すると分離するまで長時問かかるため、偽非可逆性ChE阻害薬と言われ、最高血中濃度までの時間は短いですが10時間程度の持続性ChE阻害作用を有します。
海外ではカプセル剤とパッチ剤が使川されていますが、わが国ではパッチ剤のみが承認されています。
アルツハイマー型認知症患者のBPSDに対する効果として、ドネペジルと比較してアパシー、不安、脱抑制、食欲/食行動変化、夜問異常行動において改善傾向かあったという報告があります。
軽度および中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制に対して有効です。
NMDA受容体拮抗薬(メマンチン)
NMDA受容体とはグルタミン酸受容体の1つで、大脳皮質や海馬に高密度に存在しており、記憶に関する長期増強の中心的な役制を担っています。
NMDA受容体拮抗薬であるメマンチンはNMDA受容体に対して低親和性の非競介性電位依存性の拮抗作用を有します。
定常時にはNMDA受容体においてカルシウムを阻害していますが、生理的な神経伝達時にはNMDA受容体から離れカルシウムが流入することにより正常な神経伝達が行われます。
アルツハイマー型認知症脳内では過剰に遊離したグルタミン酸によりマグネシウムがNMDA受容体から離れ、持続的なカルシウム流人が起きています。
このため電気シグナルが持統してしまいシナプティックノイズが増大し、記憶を形成する神経伝達シグナルを隠してしまいます。
細胞内へのカルシウムの過剰な流入は神経細胞死にも繋がります。
このような病的な状態でメマンチンはNMDA受容体を阻害しカルシウム流入を防ぎます。
一方、生理的な神経伝達や記憶を形成するため一過性の高濃度のグルタミン酸が遊離されると、メマンチンはNMDA受容体から速やかに解離し、神経伝達シグナルを伝えることができます。
このような機序により記憶・学習機能障害を抑制すると考えられています。
わが国では中等度から重度Alzheimer型認知症患者に適応を有し、ChE阻害薬と作用機序が異なるため併用投与することができます。
Alzheimer型認知症患者のBPSDに対するメマンチン単剤の治療効果として、プラセボ群と比較して激越/攻撃性、易刺激性/不安定性、妄想、幻覚に対する有意な改善効米が報告されています。
また、ドネペジル服用中のAlzheimer型認知症患者のBPSDに対する薬剤併用の効果として、プラセボと比較して激越/攻撃性、易刺激性/不安定性、食欲/食行動変化に対する有意な改善効果が報告されています。
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