電子申請|【統計学・統計解析講義応用】
電子申請
電子申請を受け付けるIRBの数が増えている.
電子申請は,申請書類や書式に付随するものであるが.履歴書,同意説明文杳,治験薬概要書などに適している.
電子申請を行うことによって,申請者は,文書が適切に送達されたことを確認することができるとともに,郵送に伴う紛失や遅延を回避することができる.
また,電子申請により,文書を編集可能な形式やコンピュータで判読可能な形式で送付することができる(スキャンしたpdf形式やjpeg形式の文書ではなく,doc形式の文書など).
編集可能な形式であることの利点は,同意説明文書のようにIRBにより文言の修正が行われる可能性が高い文書を打ち直したり, OCR機能で読みとったりする必要がなくなる点にある.
また,所在地や連絡先などIRBが修正せずに用いる情報をタイピングすることなく,「コピー&ペースト」で挿入できることにある.
再入力したり. OCR機能で読みとる際には,小さなミスが発生し.試験施設やPIに文書を返送するまで発見されない可能性がある.
そのようなミスを修正する作業によって,スタッフが行うべき本来の業務が疎かになり,審査プロセスに本来なくてもよい遅延が生じる.
PIが元の電子文書を入手できない場合.すなわち,試験依頼者が作成した元の同意説明文轡を入手できず,スキャンした文書を提出しなければならない場合には,スキャン画像の質をできる限り良くすることによって, OCR処理した文書や見づらい画像を判読することによるミスを防止すべきである.
電子申請システムの場合には,申請に必要な文書リストが示されるが.そのリストは.申請書の質問事項に対する回答に応じて作成されることが多い.
文書の提出を行うPIや治験コーディネーターは,正しい文書が正しい場所に提出されていることを確認すべきである.
同意説明文書をアップロードすべきところに履歴書をアップロードすると,最終的には申請書類に含まれるものの, IRBが受領した文書と未だ受領していない文書とを区別する際に遅延が生じる可能性がある.
コンピュータを用いた作業においては,申請者のコンピュータから文書が簡単に送信でき,かつファイルには暗号めいた名前がつけられていることが多いため,残念なことにこのようなミスが大幅に増加している.
IRBでもこのようなミスとは無縁ではなく,審査結果に影響は及ぼさないとしても,申請者にとっても委員会のスタッフにとってもフラストレーションのもとであるとともに,業務の遅延をもたらす原因となる.
規制に精通していること
正確かつ完璧な文書や情報を提供することに加えて,PIや施設では,規制に精通するとともに,法令を遵守し,倫理問題に対して積極的に取り組むことによって,審査が円滑に進む手助けをするようにすることができる.
IRB制度の目的は,審査対象の研究に対して倫理および法令遵守という「覆い」を掛けることではない.
背景にあるそれらの重要な問題が,プロトコールデザインや試験実施計画に盛り込まれていることを確認するためのものである.
IRBには崇高なミッションステートメントが掲げられているが,被験者を保護するのはIRBではない.
委員会ができることは,プロトコールが適正にデザインされ,研究者が必要な情報提供を受けることによって,被験者の保護が正しく行われるよう支援することだけである.
試験のコンプライアンスや被験者の保護がIRBの仕事であると研究者は考えてはならない.
研究者の仕事を点検するのがIRBの役目であると考えるべきである.
すなわち,PI,施設や依頼者が試験により生じる倫理やコンプライアンスの問題に取り組むことが, IRBの審査にとっても大いに助けとなる.
特に,PIや依頼者は,弱い立場にある人々の保護について規制がどのようなことを求めているかという点に関して精通すべきである.
また,規制において一般的な意味とは異なる意味で用語が使われている領域があり,そのような分野には殊更に注意を払うべきである(妊婦を「弱い集団」とみなす治療はその一例である).
さらに,PIは,施設,地方自治体やIRBが策定している経済的およびその他の利益相反に関する対処方針について承知しておくべきである.
PIが地方自治体の条例に起因する問題について熟知しており.積極的に取り組めば,審査を円滑に進行でき,審査の遅延を防ぐことができる.
そのような問題は様々あるが,一例として,法定年齢の定義,未成年者に関する個人情報の保護.一定の研究が禁止されていることなどは,州や自治体によって違いがみられる.
企業が出資した多施設共同試験に新規の施設が参加する場合には,依頼者が作成したプロトコールや同意説明文書をそのまま採用することが一般的であるが,そうすることによって,知らない内にこのような問題を引き起こしている可能性がある.
もし,問題がスタッフやIRBにより指摘され,それに対してPIが対応策を講じ,再審査を行うようなことになれば,試験の実施が遅延するのは必至である.
同意説明文書
同意説明文書(informed consent form, ICF)は,審査遅延の原因となったり,ミスが発生することが多いため,特別な注意が必要である.
同意説明文書については,施設外IRBと施設内IRBとで見方が異なる.各IRBでは,同意説明文書に関して独自の要件を設定しているが,そのような要件は,運用の制約,研究機関毎の過去の経緯や制度と解釈から生まれたものである.
研究機関が独自の資金で研究を行う場合には,同意説明文轡を作成する際に. IRBの判断を考慮に入れて作成することができる.
これとは対照的に,企業が出資した多施設共同試験の場合では,同意説明文書は依頼者が作成し,施設内および施設外の複数のIRBに諮られることになる.
このようなプロセスの結果,多施設共同試験では,各施設に固有の同意説明文書が作成されることになる.
経時的にプロトコールが改訂されるにつれて,手続き上非常に複雑なことが起きてくる.
すなわち,プロトコールの改訂,1年毎の審査,科学の進歩,中間結果や予期しない問題によって,同意説明文轡の修正が必要とされることが起こりうる.
このような事態のうち,試験中の被験者に対して同意の再取得が必要となるものもあれば,新規被験者のみに関係するものや,単に通知を行えばよいものもありうる.新たな文言や通知内容をどうするかは,最終的には各IRBに委ねられており,複数のIRBが関わっている場合には,その内容に差異が生じる可能性がある.
依頼者が同意説明文書の変更を行おうとした場合,変更案が各施設とそのIRBに提示される.
その際,変更前の文書は,依頼者が最初に作成した同意説明文書であって. IRBの承認を経て各施設で使われている現行の同意説明文書とは異なっていることが考えられる.
異なるバージョンの文轡の改訂に関する審査を依頼されたIRBが直面する課題は,既に行われた変更をどのように調整するかというところにある.
すなわち,今回の改訂は,既にIRBが承認した文言と齟齬が生じたり,重複することはないだろうか,今回の改訂によって,実施施設が規定する表現と食い違いが生じないだろうか,この機会に,初回の審査で見落としていた字句の修正も合わせて行うべきだろうか,などの問題が生じる.
同意説明文書案に対して加えられる様々な変更や修正の最終責任は誰にあるのか,また,誰がそのような変更や修正の記録を残すのか,という点については.全く不明瞭である.
IRBの観点からすると,このような文書管理サービスを業務として顧客に提供することが可能である.
しかし. IRBの価値は,提供する業務の他にも,審査がどの程度迅速に行われるかという面で評価される.
同意説明文書のバージョン管理を行うことによって,審査時間が長くなり,文書にミスが増える可能性がある.
PIや研究チームには,同意説明文書の様々なバージョンの記録・管理を行いつつ加えられた変更や修正の記録を整備するような時間も資源も能力もない.
そのため,依頼者は,複数の同意説明文書バージョンと各IRBが加えた変更や修正を踏まえて,複数の変更バージョンを作成しなければならない.
しかも,そのバージョンには,依頼者とは無関係な要求事項や表現が含まれているのである.
このような複雑な問題によって.誤記が生じるおそれが高くなるとともに,被験者に対して間違った同意説明文書が提示されたり,同意取得プロセスに齟齬が生じるおそれがある.
また,このような複雑な問題によって,同意説明文轡の内容が不明瞭になり,その目的があやふやになるおそれもある.
この問題に対する単純な解決法はない.
しかし,セントラルIRBが審査を行うことによって,こういった問題が起こらないようにすることはできる.
IRBと実施施設は,同意説明文書に必要な内容を検討する際に,それぞれの変更が法令や倫理規定に照らして妥当であることを確認すべきである.
説明同意文書の作成に関係する者は,加えようとする変更や修正が他の立場から見るとどのように映るのかということを理解した上で,できるだけ単純な方法を採用すべきである.
有害事象と予期せぬ問題
IRBには,リスク評価や被験者保護を監督する責務があるので,研究中に発生する有害事象についても関心を向けるべきであると一般の人は考える.
しかし,残念ながらこのような一般的な考えは,「臨床試験」の実態とは符合しない.
有害事象という用語は,極めて広い意味で用いられており,試験やその対象となる医薬品や医療用機器と直接的な関連性がないものまで含まれている.
因果関係の有無について最も安全な方法で評価しようとする場合,試験で発生する有害事象全体を見なければ判断できない.
依頼者は,有害事象のモニタリングにかなりの投資をしており,それはFDAでも同様である.
単一施設で行われる研究の場合には. IRBがデータ全体から判断を下すことができる.
しかし,施設外IRBの場合,研究施設の一部しか監督していないのが実態である.
施設外IRBは,その研究施設に関して,統計学的なリスク評価を継続的に更新する力量や資源を有していない.
そのような業務は.データ安全性委員会,モニタリング委貝会や医療モニターが適切に行うことができる.
IRBには,臨床試験の安全性に関する様々な文書を審査する責務がある一方,提示される有害事象情報を適切に評価できないという問題がある.
これは,決して小さい問題ではなく,相当の時間,費用や労力を必要とするが,必ずしも被験者に対して明確なメリットが生じるわけではない.
その一方で,依頼者は同じ有害事象に関連したデータを保有し,かつIRBよりも適切にその解析を行うことができる状況にある.
大規模な施設外IRBには,毎年数万件の有害事象報告が送られ,各報告書に対して審査を行わなければならない.
FDAでは. IRBが大量のデータを審査しなければならない負担を考慮して.PIが委員に諮らなければならない案件を「被験者その他の安全に影響を及ぼす予期せぬ問題」に限るとする指針を公表している.
残念ながら,現在でも多くの依頼者や施設ですべての有害事象がIRBに報告されているようであるが,資源の無駄遺いであって,不要である.
多施設共同試験の場合には,PIや施設は,困難な状況におかれる場合がある.
すなわち,依頼者は,後になって責任を問われることを危惧するため,あるいは規則を慎重に解釈して,PIに対してIRBに有害事象をできるだけ報告するように求める.
一方IRBでは,そのような資料を受け取ってしまうと,あたかもすべての有害事象報告が適切に評価されたかのような印象を与えてしまうので,受け取りを拒むことになる.
同意説明文書に様々なバージョンが発生する問題と同様に,この問題についても,関係者間で一致できる解決法を考えなければならない.
これは, IRBのみで解決できる問題ではない.
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