薬剤師にとっての統計学の意義|【医療統計学・統計解析】
薬剤師にとっての統計学の意義
今から30年以上前、日本で医薬分業が本格的に始まった頃、薬剤師は医師が記載した処方箋どおりに調剤をするだけで良い時代でした。
なぜなら、医薬分業の本来の目的は、国家試験に何度も出題されている通りで、医師は患者を診断した結果、医薬品の在庫状況を気にすることなく最も適切とされる薬剤を選定して処方し、薬剤師は患者の状況から医師が処方した薬剤が適切かどうかを判断します。
さらに、患者が安心して薬剤を使用できるように服薬指導を行うことにより、医師・薬剤師がそれぞれの専門性を発揮することでより良い医療を構築することができます。
しかし、現実には、医薬分業が進展したきっかけは、医師の処方箋発行に対する医療保険上の評価がアップしたことによるのは薬剤師も否定し難い周知の事実です。
つまり、院内で薬を出すよりも、院外に処方箋を発行した方が、院内に薬剤の在庫を抱えなくて済み、しかも、処方箋発行による利益が高いという経営的判断によって医薬分業は進展してきたのです。
残念ながら、医師が薬剤師の専門的知識に期待して進展したものではありません。
しかし、受容体・トランスポーター・細胞内情報伝達系など薬物の作用機序や動態に関する研究が急速に進み、薬物―薬物間相互作用、薬物―食物間相互作用が次々と明らかになってきました。
こうした中で、個々の患者の状態を的確に判断し、薬剤を選択する必要が高まり、薬剤師自身にも、知らなかったでは済まされない状況になってきているのです。
また、1990年代、わが国にEBM(evidence based medicine)の概念が紹介されたことにより、様々な疾病に対する診療ガイドラインが作成されました。
標準的な治療方針が明確に示されるようになり、1万品目を超える医療用医薬品が存在する中で医師だけでは適切な薬剤の選択が困難な状況になりました。
当然、処方箋に基づいて調剤を行う薬剤師としても、薬の適正使用を考える際に、エビデンスに基づいて責任を持って判断する必要性が高まってきました。
診療ガイドラインには多くのエビデンスとなる論文が紹介されており、それらには多くの図表が掲載されています。
それらを理解できなければ、多職種で構成されるチーム医療の中で、薬の専門家として発言することも難しく、他の職種からの質問に対して適切に回答することもできません。
薬剤師が専門的な立場から医師に処方提案するだけでなく、薬剤師にも処方権が必要ではないかという議論がありますが、薬剤師資格の責任を賭けて処方設計できるほど、臨床研究の論文を十分に読み込める薬剤師は少ないと思われます。
薬剤師会や医療機関のホームページの中には、ジェネリックの推奨品を紹介しているところもあり、薬剤師として専門的な知識に基づいて選定したところも皆無ではありません。
しかし、選定基準を見ると、近隣の総合病院が採用していることを基準として採用しているところもあります。
つまり、総合病院の採用薬だから推奨するということであり、薬剤師の職能など全く関係ありません。
この原因の一つとして、多くの薬剤師は学生時代、動物や試験管での実験研究が卒業研究であったため、臨床研究の論文を見る機会がほとんどなく、臨床研究の論文が理解できないためではないかと思われます。
動物や試験管での実験研究では、研究の背景がシンプルであるため、単純な図表と基本的な有意差検定だけ知っていれば困ることは少ないです。
臨床研究では、対象者や研究のデザインなどによって図表や検定方法が異なるため、多くの知識を必要とします。
しかし、現実には、薬学の領域で、統計を専門とする研究者はほとんどいません。
薬剤師がそれらを学ぶ機会はほとんどないのが実情です。
薬剤師が学生時代に学んだ統計は統計学であって、多くの大学では数学を専門とする教員が講師となり、難解な数式を講義するものでした。
逆に考えると、数学を専門とする講師であることから、薬剤師に本当に必要な医療統計に関しては専門でない可能性が高いのです。
まさに、ミスマッチです。
現在でも、薬学関連の月刊誌等に統計講座が連載されていますが、それを執筆しているのは、理学部・理工学部の数学としての統計を専門にしている研究者ばかりです。
本来は、統計に精通した薬剤師あるいは薬学を専門とする研究者が、薬学を背景とした統計を教育することが望ましいですが現時点では難しいといえます。
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