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批判理論

批判理論(critical theory)は, 1920年代に，フランクフルト学派という，マルクス主義を志向するドイツの学者集団に起源をもつ．

社会科学には，さまざまな批判理論が豊富にある．

基本的に，批判的研究者は，社会の批判に携わり，社会の新たな可能性を描いている．

批判的社会科学は，概して行動志向である．

そのおおまかな目的は，理論と実践を統合し，人々が自分の信念と実際の社会との矛盾や格差に気づき，それらを変えようという気持ちになることである．

批判的研究者は，客観的で無関心な探究者という考えを拒み，変容プロセスを志向する．

批判理論の重要な特徴は，自己認識を啓発し，社会政治的行動を促すような探究を要することである．

さらに，批判理論は，内省的側面をもつ．

社会の批判理論が別の利己的なイデオロギーとならないように，批判理論家は，自分自身の変容の影響を明らかにしなくてはならない．

批判理論における研究デザインは，問題のある側面を十分に分析することから始めることが多い．

たとえば，批判的研究者は，問題の根底にある当然とされてきた前提，状況を説明するために使われてきた言葉，そして問題を調査研究しているこれまでの研究者の偏りを，分析し批判するであろう．
批判的研究者は，複数の方法論を使ってトライアンギュレーションを行い，問題に関する複数の観点（例：別の人種または社会階級の観点）を強調する．

批判的研究者は，概して，研究参加者の専門性を強調するような方法で，研究参加者と話をする．

批判理論は，いくつもの専門分野に適用されてきたが，とくにエスノグラフィーで重要な役割を果たしてきた．

批判的エスノグラフィー(critical ethnography)は，社会的な変化をもたらすという希望のもとに，意識を高め，解放という最終目標の助けとなることに焦点をおいている．

批判的エスノグラファーは，文化の歴史的，社会的，政治的,経済的な次元,および価値観に裏づけられた政策に取り組む．
批判的エスノグラフィーの研究の前提は，行動と思考のあいだには権力関係が介在する〔Hammersley, 1992〕というものである．

批判的エスノグラファーは，文化の研究について，政治的次元を強め，抑圧的システムを弱体化しようとする〔Giroux, 1992〕.

伝統的な質的研究と批判的研究を区別するいくつかの特徴がある。

モローとブラウン〔Morrow & Brown, 1994〕，カースベックンとアップル〔Carspecken & Apple, 1992〕は，批判理論の方法論に関する有用な説明を行っている．

批判的エスノグラフイーの例

ハートマン〔Herdman, 2000〕は，ＨＩＶ/AIDSの人々へのヘルスケアに関して，病院での制度上の差別に焦点をあて，批判的エスノグラフィーを記述した．

この研究によって，差別につながる病院における構造を特定し，これらの構造を変容できることをねらいとした．

研究報告が刊行されると．病院の施設内倫理委員会からの反論や，ヘルスケアの専門家による擁護など，盛んな議論が巻き起こった．

批判理論は1920年代にドイツで発展したフランクフルト学派にその起源を持つ。フランクフルト学派の学者たちは、従来の社会科学の枠組みに批判を加え、マルクス主義を基盤に社会の変革を目指した。その目的は、単なる社会の理解や説明にとどまらず、より良い社会を築くための行動を促すものであった。批判理論は社会科学や人文科学においてさまざまな分野で応用されており、特にエスノグラフィーにおいては重要な役割を果たしてきた。批判理論を採用する研究者は、単に客観的な観察者として社会を分析するのではなく、自己認識や社会変革を促すための活動を通じて、社会に積極的に関わる姿勢を持つことが求められる。この理論の特徴は、理論と実践を統合し、個人が自身の信念と社会の現状との間に存在する矛盾や格差に気づき、それを変えようとする意識を促進することである。批判的社会科学は一般的に行動志向であり、研究者が社会の問題に対して無関心であることを拒否し、社会的変革を志向する姿勢を強調している。批判的研究者にとって、自己の立場や信念が調査結果に影響を与えることは避けられず、それを無視することは無責任であると考えられている。そのため、批判理論に基づく研究では、自己の立場に対する内省的な態度が不可欠であり、研究者は常に自らの信念や価値観がどのように研究に反映されるかを意識することが求められる。批判理論の研究デザインは、問題のある社会の側面を徹底的に分析することから始まることが多い。批判的な研究者は、問題の根底にある前提や、それを説明するために使用されてきた言葉、さらには過去の研究者が抱えていた可能性のある偏見についても批判的に検討する。これによって、既存の知識や価値観が社会にどのような影響を与えているのかを明らかにし、新たな視点から問題を再定義することが可能となる。たとえば、ジェンダーや人種、階級といったテーマは批判理論の重要な関心事項であり、これらの視点を通して社会の不平等や抑圧の構造を分析することが試みられている。また、批判的な研究者はトライアンギュレーションと呼ばれる方法論を用いて、複数の観点から問題を分析する。これは、単一の視点だけでは捉えきれない複雑な社会現象を理解するための手法であり、別の人種や社会階級の観点を加えることによって、より包括的な分析を目指すものである。批判理論が重視する視点の一つに、研究参加者の専門性を尊重するという姿勢がある。批判的研究者は、単に参加者を研究の対象とするのではなく、彼らの知識や経験を研究の一部として取り入れることによって、より多角的な視点を得ようとする。これは、研究の過程で参加者が自身の経験を語ることによって新たな知見が得られる可能性があるからであり、また、参加者が研究の主体的な役割を担うことで研究に対する理解や関心を高めることが期待されている。批判理論はエスノグラフィー、特に批判的エスノグラフィーにおいて重要な役割を果たしてきた。批判的エスノグラフィーは、単なる文化の記述にとどまらず、社会的な変革をもたらすことを目的としている。批判的エスノグラフィーの研究者は、社会の歴史的、政治的、経済的な背景に基づいて文化を分析し、特定の価値観に裏打ちされた政策がどのように人々の行動や思考に影響を与えているのかを探る。その前提として、批判的エスノグラフィーは行動と考え方の間に存在する権力関係を重視する。具体的には、教育や医療、労働といった社会制度がどのようにして人々の生活に影響を及ぼしているのか、また、それらの制度が持つ抑圧的な構造を明らかにしようとする。批判的エスノグラフィーの研究者は、文化の研究において政治的次元を強調し、抑圧的なシステムを弱体化させることを目指している。これは、伝統的な質的研究とは異なり、単に現状を記述するのではなく、社会的な変革を促すための理論的な枠組みを提供するものである。批判理論に基づく研究方法論については、Morrow & Brown（1994）やCarspecken & Apple（1992）などが詳細な説明を行っている。彼らの研究は、批判理論を用いた研究がいかにして社会の不平等や抑圧の構造を分析し、それを克服するための道筋を探るためのものであるかを示している。批判理論を採用することにより、研究者は単なる観察者ではなく、社会の変革を推進する積極的な役割を担うことができる。批判的エスノグラフィーの例として、Hartman（2000）はHIV/AIDSの患者が病院で直面する制度上の差別について研究を行った。この研究では、病院内の制度がいかにして差別を助長しているかを明らかにし、制度の改革を促すことを目的としている。この報告書が発表されると、病院内の倫理委員会からの反論や医療専門家による擁護が巻き起こり、差別の構造が社会に及ぼす影響について活発な議論が交わされた。このように、批判理論に基づく研究は、単に現状を説明するのではなく、社会に変革をもたらす力を持っている。批判的エスノグラフィーは、文化や社会制度の中に潜む権力関係を明らかにし、抑圧的なシステムを解体することを目指すため、従来の質的研究と一線を画している。批判理論はその後、多くの分野において応用され、特に教育学や心理学、社会福祉学、政治学などにおいて、社会的な不平等や抑圧の構造を分析し、それを克服するための理論的枠組みを提供している。批判理論は単に学術的な研究手法としてだけではなく、実際の社会変革を促進するためのツールとしても機能している。