統計教育|【統計学・統計解析講義応用】
統計教育
米国で科学を専攻する学生のほとんどが,最低限の統計教育しか受けていない。
必修授業は多くて1,2科目といったところで,ほとんどの学生には必修授業がまったくない。
そして,こうした必修授業の多くが,検定力や多重比較といった重要な概念を扱っていない。
さらに,大学の教員の報告するところによれば,たとえ学生が統計の授業を取ったとしても,学生は適切な統計技法を完全に理解することは決してなく(あるいは理解したとしても忘れてしまって),科学的問題に統計的概念を適用することができない。
こうした状況は変える必要がある。
ほとんどすべての自然科学の分野が,実験データの統計分析に左右される。
このため,統計上の誤りは,研究助成金や研究者の持つ時間を無駄にするのだ。
現役の科学者が必要としていることに合う新しいカリキュラムを導入した上で,こうした素材を用いた授業を学生に義務づけるべきだと主張したくなるかもしれない。
そして,それで問題が解決すると考えたくなるかもしれない。
だが,科学教育に関して行われた大量の研究が,そうはうまくいかないことを示している。
典型的な講義で学生に教えられることはほとんどない。
これは,単純に,講義というものが難しい概念を教えるのに不向きだからだ。
あいにく,科学教育に関する研究のほとんどは,統計教育に特化したものではない。
とはいえ,物理学者が同種の問題について大量の研究をしている。
それは,物理の入門段階にある学生に,力・エネルギー・運動学の基本的な概念を教えるという状況についての研究だ。
参考になる事例として,14個の物理学の授業に関して2084人の学生に対して実施された大規模調査がある。
この調査では,授業をとる前ととった後に,力学概念指標で基本的な物理の概念に対する学生の理解状況を測っている。
授業が始まった段階では,学生は知識に穴がある状態だった。
そして,講師が力学概念指標は簡単すぎると見なしていたにもかかわらず,学期が終わった段階ではそうした穴のうち23%しか埋まっていなかった。
結果が悪いのは,講義というものが学生の学び方に合っていないからだ。
学生には,基本的な物理に関して日常の体験から得られた先入観がある。
例えば,誰もが押されたものは最後には止まるということを「知っている」。
現実世界のどのような物体も実際にそうなるからだ。
とはいえ,運動中の物体は外部の力が作用しないかぎり運動しつづけるというニュートンの第一の法則を教えるときには,学生が先入観を即座に捨てて,摩擦力で物体が止まるという新たな理解を得ることが期待される。
だが,物理の学生への対面調査を通じて,入門の授業で数多くの意外な誤解が生まれていることが明らかになっている。
誤解というものは,ゴキブリのようなものだ。どこから来るか分からないのに,どこにだっている。
そして,思いもつかなかったところにいることがしばしばある。さらには,核兵器にだって耐えぬく。
私たちは,問題解決と新たな理解に基づく推論とを学生が習得できることを期待してしまうが,普通は学生はそうならない。
講義が自分自身の持つ誤解と矛盾していることを見た学生は,後にその誤解に対してより強い自信を持つようになるし,知識を問う単純な試験の成績も良くならない。
講義で扱われているのがすでに「知っている」概念であるために注意を払わないということが,学生からしばしば報告されている。
同様に物理学の概念に関する実演も,学生の理解をほとんど改善させない。
誤解している学生は,誤解に基づいて実演を解釈しようとするからだ。
そして。こうした学生が正しい質問を授業ですることも期待できない。
なぜかと言えば,こうした学生は自分が理解していないことに気づいていないからだ。
統計的仮説検定を教えるときにこうした結末になることを示した研究が,少なくとも1つある。
その研究によれば,たとえP値や仮説検定の結果全般に関する誤った解釈についてはっきり警告する記事を読んだ後でも,仮説検定に関する質問紙に正しく答えられた学生は13%しかいなかった。
学生が根本的に統計について誤解しているのならば。
統計の基礎は多くが直観的なものではない(そうでないかもしれないが,少なくとも。統計の基礎は直観的に教えられてはいない)。
そして,誤解を生む機会は非常に多く存在している。どうすれば、学生がデータ分析と合理的な統計的推論ができるように,最もうまく教えることができるだろうか。
ここでも,物理教育研究から得られた手法が解決の糸口になる。
学生に誤解と向き合わせてそれを正すことが講義によって達成できないのであれば,それができる手法を用いなくてはならないだろう。
こうした手法の代表的な例として,ピア・インストラクション(peer instruction)がある。
この手法による授業では,授業前に文章や動画が学生に課題として出される.
そして,授業時間は基本的概念を復習することと概念に関する質問に答えることに用いられる。
講師が正解を示す前に,学生は答えを選んだ上でなぜ自分の答えが正しいと考えたのかについて議論させられる。
こうすることで,学生はどんなときに自分の誤解が現実に合わないかがすぐに分かるし,講師は問題が大きくなる前にその存在を見つけられる。
ピア・インストラクションは多くの物理学の授業で成功裏に実施されている。
力学概念指標を用いた調査によって,ピア・インストラクションの授業で,学生の学習成果が典型的には2倍から3倍になり,学期の始めに存在していた知識の穴の50%から75%が埋まることが分かっている。
そして,概念理解に注力していたにもかかわらず,ピア・インストラクションの授業を受けた学生の数量的・数学的問題への成績は、講義による授業を受けた学生と同等か上回るものだった。
今のところ,統計の授業でピア・インストラクションが与える影響についてのデータは,相対的にわずかなものしかない。
いくつかの大学では,学生が専門分野の問題に対してすぐに統計に関する知識を適用できるように,統計の授業を科学の授業と結びつける実験的取り組みを行っている。
予備的な調査の結果を見ると,こうした取り組みはうまくいくようだ。
こうした取り組みによって,学生は統計についてより多くのことを学び,それを忘れないようになった。
そして,強制的に統計の授業を取らされることに対して学生が不満を漏らすことは減った。
より多くの大学が,こうしたやり方を採用し,「統計学における成果の包括的評価」(Comprehensive Assessment of Outcomes in Statistics)のような概念に関するテストを使ったピア・インストラクションを試み,同時に,どの手法が最もうまくいくかを見るための試験的な授業をすべきだ。
単純に今ある授業を変えれば,大規模な新教育プログラムを導入するよりも,学生は日常の研究で必要となる統計ができるような教育を十分に受けられるだろう。
しかし,どの学生も教室で統計を学ぶわけではない。
私は,実験室でのデータを分析する必要があったにもかかわらず,どうすれば良いか分からなかったときに,初めて統計に触れた。
しっかりとした統計教育がもっと広まるまでは,多くの学生や研究者が私と同じような状態になって,統計に関する資料を必要とするだろう。
「「検定の方法」とグーグルで検索するような向上心のある多くの科学者は,よくある誤りと応用が念頭に置かれた自由に入手できる教材を必要としている。
オープンソースで自由に再配布できる統計の入門書「オープンイントロ・スタティスティクス」のようなプロジェクトは有望だが,それ以上のものが必要となるだろう。
近い将来,より進んだものが見られることを期待している。
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