症例報告書|【医療統計学・統計解析】
症例報告書とは
症例報告書とはCRF(Case Report FormあるいはCase Record Form)、Data Collection Formなど様々な名称で呼ばれることがありますが、プロトコルで規定された臨床データを収集するための記録用紙で、モニタリングを補助するものです。
すなわち、第一の目的としては施設などで発生する多岐にわたる臨床データのうち、プロトコルで規定されたものを正確かつ完全に収集するためのツールです。
さらに、第二の目的としてモニターがモニタリングを行うための重要なツールとしても用いることができます。
実際には、この第二の目的には意外と気が付いていない臨床開発関係者が多いものと思われます。
しかしながら、症例報告書には医師などと面会した際に情報を交換するための大切な材料となる事項が書かれているのです。
場合によっては頻回に面会を申し込む入用なきっかけを提供してくれたり、医師との会話のきっかけになるという点から考えても、うまく利用すればモニターにとっては大きな役割を果たすことができるはずです。
臨床データマネジメントを担当する人は、こういった点も臨床開発関係者に説明していく必要があります。
そうすることによって、医師に対してモニターが「私がこんな些細なことは聞きたくないのですが、うちの臨床データマネジメントを担当する者が言うものですから」などといった理不尽な言い訳をすることがなくなるはずです。
このようなコミュニケーションを通じて、モニターと臨床マネジメントを担当する人との真の相互の信頼関係と協力体制が構築されていきます。
このことも臨床データマネジメントでコミュニケーションが極めて重要な意味を持つことの一つの事例です。
実際に症例報告書を作成する際に、十分に検討しておかなければならないことの一つに、臨床データを収集する目的があります。
臨床現場に存在する情報は非常に複雑多岐にわたっており、収集しようとする臨床データのうちで無駄と思われるものは極力、収集することを避けておくべきです。
すなわち、その臨床データの必要性が臨床現場に対して説明できないようなものや、収集しても使わないものなどは、データ収集の対象とすべきではありません。
臨床現場は意味を持たない臨床データの収集に真剣に取り組んでくれるような悠長な場所ではないし、臨床データを収集する側も使わないだろうという臨床データを真剣に確認しようという意欲を持ち続けることは極めて困難です。
そして、それと同時に臨床データ収集の範囲あるいは量といったものについても慎重に検討しておく必要があります。
単純に収集するデータ量を増やすと質が下がるとか、データ量を減らせば質が上がるというものではありません。
収集するデータ量を増やせば、誤りがあった時などの確認や修正に時間と手間がかかることは当然です。
それでも、回答の信頼性を確保するためにアンケート調査などで用いられています。
ある事項について聞き方を変えて複数回確認し同じ回答が得られることを検証するというような方法を採用することも、目的や状況によっては重要な場合があります。
ただし、この方法は、複数箇所の整合性確認の手間が増えるというリスクがあります。
一方、収集するデータ量を減らすことによって、記入者は簡単に済ませられると思い込むことになり、逆に真剣さを欠いて質が低下してしまう場合も考えられるので注意が必要です。
このように臨床データを正確に把握し、正しい薬効評価を行うための情報源となるものが症例報告書です。
すなわち、症例報告書ではプロトコルに規定されている有効性・安全性の評価に必要な情報がすべて網羅されていることは必須なことであり、さらに無駄が少なく不必要なデータがないという点で効率的なものでなければなりません。
症例報告書の作成
症例報告書を作成する場合は、ひと昔前は手書きで原案を作成し、印刷所で整形して版下を作成してもらわなければなりませんでしたが、最近のコンピュータ技術の発展に伴い版下の作成に利用できる方法はワープロ、表計算ツール、DTPソフト、ドロー系ツールなどと非常に多くなっています。
作成ツールは単に作成者が使いやすく効率的なものを利用すればよいですが、一度作成したものをうまく再利用できるように保存しておくべきです。
実際に症例報告書の原案を作成する部署としては、臨床データマネジメント部門だけでなく臨床開発部門、統計解析部門、情報システム部門、医師など多くの可能性が考えられ、以前は臨床開発部門が作成することが多かったです。
しかし、症例報告書の作成とは単なるデザインのことだけではなく、系統的かつ科学的な検討がなされるべきであり、ノウハウの蓄積や情報の集約が大切であるため、専門職として臨床データマネジメント部門で担当していくべきだと考えます。
最初に行うべきことはプロトコルから収集する必要がある臨床データ項目と、どの時点でその臨床データを収集するかという頻度を抽出することです。
さらに、それらの臨床データがどういう意味をもつ内容として収集されなければならないのかという定義と、実際に収集が可能であるかということも検討しておかなければなりません。
意外と臨床データのもつ意味については検討されないことがありますが、収集した後にそんなつもりではなかったということも多いので注意が必要です。
つまり、この症例報告書の記入形態で本当に必要な集計・解析ができるのかということを検討しておかなければなりません。
また、直接的に集計・解析には用いないが補助的な目的で収集する臨床データの範囲などについても決定しておくことが必要です。
場合によっては、この段階でプロトコルそのものの変更が必要になることもあります。
ここまでの段階が完了すれば、次は具体的な症例報告書のデザイン方針を決定します。
その臨床試験の目的から考えて、症例報告書として最適と思われるフォーマット、スタイル、デザインの組み合わせを考える必要があります。
症例報告書の大きさ、用紙の質や色などにも気を配る必要があります。
さらに、保管や送付も意識してデザイン方針を決定することが大切です。
また、データモデルを意識しながら、症例報告書をどんな種類でいくつのブロックに分割するかということを考えておく必要があります。
具体的なデザイン方針としては、次のような事項を検討します。
@回答欄を自由記入と選択式のいずれにするか
A選択肢にコードを付与するか否か
Bどのようなコード体系を使用するか
C重複回答を許容するか否か
D分岐型の質問形式にするか否か
E繰り返し調査に対する回答
F臨床検査測定結果報告書などの貼付
G複写式の場合の複写枚数
Hファイリングのための2穴などを確保するか否か
さらに、考えておかなければならない事項として、コメントなどの自由記入欄をどうするかという問題があります。
コメントそのものは、症例一覧表を作成する際の備考などに使用することはあるものの、集計・解析において統計的な処理をする対象となることは考えにくいです。
このため、コンピュータに入力しないこともあるようです。
もし、本当に集計・解析に使用したいならば、一切コメントを収集しないという方針もあり得るし、実際にコメント欄を許容していない場合も存在するようです。
しかしながら、臨床試験の実施中に想定していなかった事象が発生したり、そのデータの解釈に医学的な裏付けが必要になったりする場合というのは非常に多く、適合性書面調査などではこのコメントに助けられるというケースも少なくありません。
すなわち、コメントは直接に集計・解析などの処理がされなくても、記入されている臨床データや判断を説明する材料として大いに役に立ちます。
このため、コメントをコンピュータに入力しないとしても、医師などの直筆で収集しておくことは大事です。
ただし、症例報告書中にむやみにコメント欄を作成してしまうことは避けるべきであり、適切な場所と欄の大きさを考える必要があります。
次に実際に症例報告書を作成し、症例報告書とプロトコルおよびデータベースとの整合性を確認します。
最後に、記入テストを含めたフォームレビューを行い完成させます。
記入テストにおいては、できれば医療現場で実際に記入をお願いするスタッフに協力してもらうことが望ましいですが、少なくとも症例報告書を作成した本人ではない複数のスタッフによる確認を行わなければ意味がありません。
この記入テスト結果は他の試験にも適用できる形式でまとめて、その後の試験にも活かすとよいでしょう。
フォームレビューでは、統計解析担当者、データベース担当者、臨床開発担当者などの客観的な意見を反映させることが大切で、これらの過程を経て本当に使いやすい症例報告書を作成することができると言えます。
症例報告書作成時の注意事項
実際に症例報告書を作成する際に注意しなければならないことがあります。
例えば、症例登録用紙も臨床試験データの一部であるはずですが、その取扱いについては注意が必要です。
多くの場合、症例登録用紙は症例報告書の一部とはなっていないことが多いです。
症例登録用紙と症例報告書では重複して記載される項目が存在することがありますが、この不整合が実に多くなっています。
時には、症例登録用紙に記載されている臨床データとは異なる時点の臨床データが症例報告書に記載されていて両方の臨床データとも間違いなく正しい臨床データであるというケースも見受けられます。
実際には症例報告書の記載が正しい、あるいは優先すると割り切る考え方もあるでしょうが、症例登録用紙での誤りは症例登録時の適格性確認に問題が生じることになり、臨床試験そのものの質の評価に重大な影響を与えます。
このため、症例登録用紙を症例報告書の一部として、重複して記載することを避けるなどの工夫を積極的に行っておくことは極めて大切なことです。
別の事例としては「前治療薬」と「併用薬」が考えられます。「前治療薬」と「併用薬」の記入欄を分けている症例報告書もありますが、本当に分けておく必要があるのでしょうか。
もし、ある薬剤が試験薬の投与開始6日前から投与開始後3日目にかけて投与されていた場合に、記入欄が分かれていれば、前治療薬の乱には投与開始6日前から投与開始日前日までの情報を記載し、併用薬の欄には投与開始日から投与開始後3日目までの情報を記載すること求められます。
しかし、この薬剤については、投与開始6日前から投与開始後3日目にかけて投与されていたという情報さえ入手できていれば、コンピュータ上で試験薬の投与期間との重複を確認することにより、簡単に前治療薬であるのか、あるいは併用薬であるのかということを判定することができ、分割して記入を依頼する意味は少ないでしょう。
少なくとも入力マニュアルなどでこのような場合の取り扱いを決めておき、医師等の事後確認によって対応すればよいことで、症例報告書の記載を前治療薬と併用薬の記入欄ごとに合致するように書き直してもらうなどということは避けるべきです。
臨床検査における異常変動の有無、因果関係を記載するかということも検討する必要があります。
単に基準範囲から逸脱のある項目を異常変動として機械的に取り扱うのであれば、異常変動の有無を記載してもらう意味はありません。
そして、医学的に意味のある異常変動は有害事象欄にも記載してもらうというようなルールにしておけば、臨床検査の項には因果関係を記載してもらう必要もなくなります。
ただし、この場合には記入の手間が増えてしまうという別の問題は生じます。
また、規定ポイント以外の臨床検査値データ、とくに異常値データが発現している場合にどのように記載してもらうかということも考えておかなければなりません。
データ処理という観点で考えると、アナログスケールによる評価などといったアナログ情報については、最近の技術では画像情報として取り込むことも可能ではありますが、そのデータを収集する目的は何で、どのような処理を行うかということを慎重に検討しておく必要があります。
一般には、評価などについてはアナログではなく、いくつかのカテゴリで評価するほうがよいです。
また、症状発現部位などを全身図に記入してもらうよりも部位区分などのコードで選択してもらう方が、データ処理を考えた場合には簡単です。
もしも、図を用いる場合には医師の忘備録のような補助的な扱いとしてデータ処理の対象とはしないというような割り切りも必要です。
これらのほかに、使用するコードについても考えておく必要があります。
感覚的に捉えやすいということで、なしは0、ありは1とすることが多いですが、しっかりと考えてもらうという意味では、なしを1、ありを2とする方がよいかもしれません。
なお、このように0というコードの使用を避ける意味は、古いコンピュータの処理系では空欄を0と扱うため、未記入がなしと扱われてしまっていたことにも起因していると思われます。
さらに、該当なし、未実施、判定不能、不明などをすべて9という単一のコードにしてしまうことは、これらの意味の違いを無視してしまうことになり、情報量のロスになり、後で不明について問い合わせをしようと思っても区別がつかなくなります。
適切と思われる場合には複合コードの利用も考えられます。複合コードとは、完全症例は11、中止症例で有効性採用は21、中止症例で有効性不採用は22、というように十の位で完全症例か中止症例かを識別できるようにし、一の位では有効性の採用不採用を識別できるようにするものです。
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