研究を行う上での重要な課題|【統計学・統計解析講義応用】
研究を行う上での重要な課題
研究者は研究を行ううえで,以下のような多くの課題に直面する.
・概念上の課題(重要な概念をどう定義づけるべきか.研究の理論的基盤は何か)
・財政上の課題(研究費はどうまかなわれるのか.入手可能な資金は適切か)
・管理上の課題(研究を完成するために十分な時間はあるか.仕事の流れを適切に管理できるか)
・実践上の課題(研究参加者は十分か.施設は研究に協力してくれるか)
・倫理上の課題(人や動物の権利を侵すことなく,研究は目標に達することができるか)
・臨床上の課題(研究の目標は臨床の目標と対立しないか.立場が弱かったり病いをもつ患者とともに研究を行う場合,どのような困難に出会うか)
・方法論上の課題(研究設問に取り組むために使う方法は,正確で妥当な結果を生むか)
信頼性,妥当性,信憑性
研究者は,自分の研究結果が真実をあらわすことを望んでいる.
研究結果が不正確であったり,偏りがあったり,対象となる集団の経験を適切に代表していなかったり,データについての誤った解釈に基づいている場合は,研究は臨床実践を導くためのエビデンスとして役に立たない.
研究の消費者は,研究者が下した概念上の決定や方法論上の決定を評価して,研究に提供されたエビデンスの質を検証する必要がある.
また,研究の生産者は,可能なかぎりもっとも良質のエビデンスをつくりだすため,よい決定を下すよう努めなくてはならない.
量的研究者は,いくつかの基準を使って研究の質を評価する.
信頼性と妥当性が,もっとも重要な基準のなかの2つである.
信頼性(reliability)は,研究で得られる情報の精度と一貫性を指す.
この用語は,研究変数を測るために使う方法との関連がもっとも強い.
たとえば,ボブの体温がある1分間では98.1°Fであり,次の1分問では102.5°Fであったならば,この体温計の信頼性はかなり疑わしい.
信頼性という概念はまた,統計的な分析の結果を解釈する場合にも重要である.
統計的な信頼性とは,まったく新しい対象による標本からも同じ結果が得られる確率,つまり,研究結果が,研究に参加している特定の人々だけではなく,より広い範囲の集団をも正確に反映する確率を指す.
妥当性(validity)は,より複雑な概念で,研究のエビデンスの確実さ,つまり研究結果が説得力をそなえ納得できるものであり,確かな根拠に基づいているということと広くかかわっている.
信頼性と同じく,妥当性も変数を測定する方法の評価のための重要な基準である.
こういう意味合いから考えると,妥当性の課題とは,測定対象であるはずの抽象概念を実際にその方法が測定しているといえるエビデンスがあるかどうかである.
うつ状態を測定するための自記式測定尺度は,本当にうつを測定しているのだろうか.
または,孤独や低い自尊心,またストレスといった,何かほかのものを測定しているのではないか.
研究変数を操作できるようにする質の高い方法が重要であるのと同じように,研究変数について堅固な概念的定義をもつことが重要であるのは明らかである.
妥当性は,従属変数に及ぼす独立変数の影響という点における研究者のエビデンスの質にかかわっている.
看護介入によって本当に患者の状態がよくなったのか,または他の因子が患者の状態を改善したのか.
研究者は,この種の研究妥当性に影響する方法論上の数多くの決定をする.
質的研究者は研究の質を評価するために,いくらか異なった基準(および異なる専門用語)をもちいる.
一般に,質的研究者は,研究データの信憑性(trustworthiness ; 信頼性)を高める方法を論じる〔Lincoln & Guba, 1985〕.
信憑性には,さまざまな側面-信用性(credibility ; 信用可能性),転用可能性(transferability) ,確認可能性(confirmability),そして明解性(dependability ;依存性)-がある.
明解性(dependability;依存性)は,エビデンスが一貫し安定していることを指す.
確認可能性(confirmability)は客観性に似ている.
つまり,研究結果が,研究者の偏りから引き出されたのではなく,どの程度,研究参加者の特徴や研究のコンテクストから導かれているか,という度合いである.
信用性(credibility ; 信用可能性)は,信憑性についてのとくに重要な側面である.
信用性の度合いは,その研究方法が生むデータの正しさとデータの解釈への信頼度によって左右される.
質的研究では,信用性を高めるさまざまな方法がある.
そのなかの1つは量的研究を含むすべての研究デザインに関連しているので,早い時期に論ずる意味がある.
トライアンギュレーション(triangulation ; 三角法)とは,真実を構成するものについての結論を導くために,複数の情報源や参考資料をもちいることである.
量的研究では,トライアンギュレーションは,予測された効果が2者間で一致しているかどうかをみきわめるために,1つの従属変数に複数の操作的定義を用意することをいう場合もある.
質的研究では,真実へと収束するように,トライアンギュレーションによって複数のデータ収集方法をもちい,あまりよく理解されていなかった現象の複雑性全体を理解しようとすることもある(例:自然な環境で研究参加者の行動を観察したり,参加者と徹底的に話しあう).
看護研究者は,パラダイムが何であろうと,トライアンギュレーションをもちいはじめている.つまり,1つの研究において質的データと量的データを統合し,各々の方法の欠点を補完している.
トライアンギュレーションの例
ターチャン〔Tarzian, 2000〕は,空気飢餓の状態にある死に瀕している患者のケアリングについての質的研究で,データ・トライアンギュレーションをもちいた.
ターチャンは空気飢餓状態にある患者をケアしたことがある10人のナースに面接した,ナースの説明を補足するために,空気飢餓状態にある配偶者を見守っている2人の家族にも面接した.家族が重要なテーマを確認したことによって,研究結果の信憑性は高まった.
たとえば,息をしようと喘いでいる患者を見ていると,ケアしている者も息苦しさを感じるというように,空気飢餓状態はケアをしている者に身体的影響を与える,とナースは述べた.
家族もこのテーマを支持した.夫は,「1日中こうやって息をしている妻を見るだけで,私の胸は痛んだ」と述べた.
看護研究者は,研究の信頼性,妥当性,信憑性をできるだけ損なわないよう,研究をデザインしなくてはならない.
偏り(バイアス)
偏りは,研究の妥当性と信憑性を脅かすため,研究をデザインするときに大変に注意しなくてはならない.
一般に,偏り(bias ;バイアス)は,研究結果に歪みを生む作用である.
質的研究でも量的研究でも,偏りはエビデンスの質に影響する可能性がある.
偏りは以下のような多くの因子から生じる.
・研究参加者の誠実さ:人は自分をできるだけよく見せようと,(意識的に,または無意識に)自分の行動や自己開示を歪めることがある.
・研究者の主観性:研究者が先入観や自分自身の体験に即して,情報を歪めることがある.
・標本の性格:標本そのものに偏りがあることがある.たとえば,人工妊娠中絶に対する態度を調べている場合に,標本が生存権主張派ばかりであったり,または中絶賛成派ばかりのグループであれば,研究結果は歪む.
・データ収集方法の誤り:重要な概念を把握するのに不適切な方法は偏りにつながる.たとえば,不完全な自記式測定尺度をもちいてナースのケアに対する患者の満足度を測ると,患者の不満を誇張したり,または軽視することがある.
・研究デザインの誤り:研究設問に対して偏りのない回答を得る方法をもちいずに,研究を構築する場合がある.
偏りが生じる可能性は広い範囲にわたっているため,ある程度までは偏りを完全に避けることはできない.
偶発的でデータのごくー・部にのみ影響する偏りがある.
こうした無作為の偏り(random bias)の例としては,データ収集時,数人の研究参加者が非常に疲れていたため,彼らが提供した情報が完全には正確ではなかった,といったことがある.
一方,系統的偏り(systematic bias)は,その偏りの現れ方に一貫性があり同じかたちをしている場合をいう.
たとえば,あるバネばかりで体重を量ると必ず本当の体重よりも2ポンド重くでるという場合,データには系統的偏りがある,といえる.
厳密な研究方法は,系統的偏りを減少させようとするが,少なくとも偏りが存在すること自体を認めて,偏りを念頭においてデータを解釈するとよい.
研究者はさまざまな方略を使って,偏りに取り組む.トライアンギュレーションはその1つである.
複数の情報源や複数の観点は,偏りを補いあい,偏りを発見する手がかりを提供する.
量的研究者は偏りの影響を減らすようさまざまな方法をもちいるが,その方法の多くはリサーチ・コントロールをともなう.
リサーチ・コントロール
量的研究の重要な特徴の1つは,研究の諸側面を厳密にコントロールしようと努める,ということである.
リサーチ・コントロール(research control)は,独立変数と従属変数間の真の関係な理解できるように,従属変数に影響するものを一定に保とうとすることである.
いいかえれば,リサーチ・コントロールは,もっとも関心のある変数問の関係をあいまいにしてしまうような汚染因子を排除しようとする.
汚染因子,または外生変数(extraneous variable)ともいうが,この問題は以下の例がもっともよくあらわしている.
10歳代の女性が彼女らの年齢ゆえに年長の女性よりも低出生体重児を出産する危険性が高いか否かを調べることに,われわれが関心をもったとしよう.
いいかえれば,女性の成熟発達に,出生時体重の差異をもたらす原因となるようなものがあるかどうかを検証したいとする.
これまでの研究では,事実,10歳代の女性は20歳代の女性より低出生時体重児を産む比率が高いことが明らかにされている.
ここでの問いは,母親の年齢そのもの(独立変数)が出生時体重(従属変数)の違いをもたらすのか,または年齢と出生時体重との関係を説明しうる何か他のメカニズムが存在するか,ということである.
従属変数への他の影響,つまりそれは,独立変数にも関係する影響であり,それらをコントロールするように研究をデザインしなくてはならない.
関心をよせる2つの変数は,母親の栄養習慣と母親の妊娠中のケアである.
10歳代の女性は年長の女性ほどには,妊娠中の食事の仕方に注意深くないし,適切な妊娠中のケアを受けることも少ないであろう.
栄養と妊娠中のケアの量は,ともに児の出生時体重に影響する.
したがって,もしこれらの2つの因子がコントロールされないならば,母親の年齢と児の出生時体重とのあいだに観察されるいかなる関係も,母親の年齢それ自体によっても,母親の食事,妊娠中のケアによっても引き起こされる可能性がある.
それでは根底にある原因が実際には何であるか知ることはできないだろう.
これら3つの可能性は次のような図式で説明できる.
1.母親の年齢→児の出生時体重
2.母親の年齢→妊娠中のケア→児の出生時体重
3.母親の年齢→栄養→児の出生時体重
矢印は,ここでは因果関係のメカニズムまたは影響を示す.
上記の2と3では,母親の年齢が児の出生時体重に与える影響は,それぞれ妊娠中のケアと栄養によって仲介されている.
これらの変数は2と3の図式では仲介変数(mediating variable ;媒介変数)と考えられる.
とくに仲介の流れを検証するためにデザインされる研究もあるが,ここでは,これらの変数は研究設問外にある.
われわれの仕事は,当初の説明を検証する研究をデザインすることである.
説明の1が妥当であるか否かを明らかにすることが研究の目標であるならば,栄養と妊娠中のケアの両方ともがコントロールされなければならない.
そのようなコントロールをどのようにして行うことができるのだろうか.それには多くのやり方があるが,それぞれのやり方の基本となる一般的原理は同じである.
すなわち研究の外生変数が一定に保たれなければならないのである.
外生変数は,研究の文脈のなかで,独立変数または従属変数に関連させないようなやり方で処理しなければならない.
たとえば15〜19歳の女性と25〜29歳の女性の2つの集団のあいだで,児の出生時体重を比較しよう.2つの集団の栄養習慣と妊娠中のヘルスケア実践を比較できるようなやり方(一般にはこれらの点での比較は困難であるが)で研究をデザインしなければならない.
世界は複雑であり,多くの変数が複雑に関係しあっている.
実証主義パラダイムに則って特定の問題を研究する場合には,この複雑性を直接に調べることは困難である.
すなわち,研究者は通常は1度に1組の関係を分析すべきであって,部分をジグソーパズルのようにつなぎ合わせていかなければならない.
それが小規模な研究であっても知識に貢献できるゆえんである.
しかし,量的研究への貢献度は,研究者が汚染因子をいかによくコントロールするかによって大きく左右される.
母親のストレス,母親の妊娠中の薬物やアルコールの摂取など,多くの変数が考えられる.
研究者は関心のある独立変数と従属変数を分離し,コントロールが必要な外生変数を多くの候補となる因子のなかから選び出す必要がある.
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