薬剤開発|【統計学・統計解析講義応用】
薬剤開発
FIAU試験の死亡事故により,肝炎のための薬剤開発は2年間も中断した.
HIVレトロウイルスを阻害する薬剤であるラミブジンが. HBVの強力な阻害剤でもあるということがわかり,その開発も息を吹き返した。
ラミブジンの拡大試験およびHW/AIDSについての承認は.ラミブジンが全般的に安全な薬剤であることを証明した1998年後半,肝炎の長期治療のためのラミブジンの承認が, FDA諮問委員会により推奨された.
この成功により,安全かつ有効な肝炎用薬が開発できると楽観論が復活した.
慢性B型肝炎の患者集団において,ラミブジンとインターフェロンα2bの併用はラミブジン単独よりも良好であったということの証明はもう1つの重要な発見であった.
テノフォビルやアデフォビルといった期待される多くの研究用薬剤を用いたヒトを対象とした臨床試験が開始された.
これらの薬剤は,現在, FIAUの致死的毒性を証明した唯一の動物モデルであるウッドチャックで試験中のものもある.
さらに,すべての関連薬剤は,現在. 1990年代前半にはなかったミトコンドリア損傷のアッセイの対象となっている.
FIAU投与を受けた5例の死亡が極めて重要な教訓をもたらしたのである.
FIAUの悲劇は,肝炎のための薬剤開発以外にも影響を及ぼした.
これにより,薬剤開発プロセス全般および臨床研究全体が見直されることとなったのである.
FIAU試験の死亡の意味する所をさらに考察するため,この事件により持ち上がった幅広い一般的疑問についてここにまとめた.
新薬の前臨床試験は,毒性を確実に予測できるか
新薬を初めてヒトに投与する者は,その過程そのものに興奮と緊張を覚える.
真に新しいことを行う機会を実感する一方で,引き続き起こることについて十分な知識がないままに事を始めるということを実感するのである.
我々がこれらのヒトでの最初の臨床試験を行おうとする判断は,その薬剤に対して感じられるニーズとその薬剤に対する安全性の予測の両者による.
医師が病気の患者と対面すると,ニーズはきわめて容易に確認することができる.
問題は,薬剤の安全性を評価する際に生ずる.
通常の細胞経路を阻害し,培養細胞に毒性を示し.動物に損傷を与える薬剤は,ヒトにも同様に毒性を示す可能性が考えられるが,これらのいずれでも作用がみられない薬剤であってもヒトに対しては毒となる可能性がある.
いかなる細胞培養システムまたは動物モデルであっても.生きているヒトにおける薬剤の分布,代謝,作用を完全には再現できない.
ヒトにおいて試験を行うことに優る方法はないのである.
非常に注意深く評価してみても, FIAUの前臨床データでその毒性の性質または重症度を予測したものがないことは明確であった.
ミトコンドリア損傷の新しいアッセイの開発や,新しい肝炎用薬の長期試験としてウッドチャックモデルを採用することで我々は将来においてある程度準備万端とはいえるが,ヒトを対象とする臨床試験においては予想だにできない結果が起こる可能性のあることは医薬品開発における残酷な真実である.
どのような時点でも.我々ができることは,悪い結果の起こる可能性を軽減するため,前臨床試験において常に妥当なステップを踏むことである.
さらに,我々は,新しい医薬品の市場での将来性,研究者の熱意,絶望的な患者からの要望は,新薬が害となる可能性に目をつぶらせてしまうことを認識しておかねばならない.
我々自身の良識以外に,これらに対する最もよい対抗手段はFDAしかないのである.
医薬品の臨床試験の被験者は,慎重かつ客観的十分に監視されているか
FIAU試験において研究者として我々が行ったことへの1つの批判として,我々が患者の代謝障害の初期徴候である疲労および嘔気の報告を退けたことがあげられる.
当時.我々は,これらの症状が,標準的慢性肝炎治療である組換えインターフェロンα投与でしばしばみられる症状よりは悪くないと合理的に考えていた.
しかしながら.問題は,研究者が自身の仕事に公平な監視の方が好都合と考えられるということである.
問題はどのようにそれを行うかは,疑問である.
筆者らの試験の評価から, FDAは,有害反応について,研究者がより高頻度にかつより詳細にFDAに通知することを必要とする新しい規制を広めることを提案した.
表面的には,これが臨床研究に有用であるからという理由であったが,この提案は多くの欠点があり,この規制が承認されることはなかった.
もちろん.このような規制は,新製品を市場に送り出すために既に高い費用を投じている業界もさらなる費用がかさむことから反対した.
我々研究者も臨床研究に係わる事務処理負担が既に過剰であると考えていたため反対した.
これらの規制に対し最も洞察力があり,バランスのとれたコメントは,試験の調査の中で, NIH所長諮問委員会およびIOMによりなされた.
両グループは,提案された規制の目的に利点を見出したが,薬剤開発にとっては著しい障害になると結論づけた.
この事件に対する幅広い論評において.IOMは,臨床試験にリアルタイムのモニタリングが必要であることを提案した.
彼らは,従来の症例記録用紙では,数力月から数年後にしか評価されないため,その使用を止めるべきであるとした.
電子データ入力により,注目される試験のイベントのよりタイムリーな評価が可能と考えられていた.
そのような名称はついていないが,リスクの高い試験の定期的な監視のため. IOMはまた,効果安全性評価委員会(DSMB)のより広い使用も提唱した.
DSMBは,今日,大規模共同試験においてしばしば使用されている.
ただし.これを一般的に使用するとなると,臨床試験を主催する施設のスタッフおよび財源にかなりの負担をかけることになる.
それにもかかわらず,一部FIAUのエピソードの結果として,現在すべてのNIH資金による臨床研究は,予期しないもしくは重度の有害事象の所見を明らかにし,即座に対応するために,モニタリング計画を作成し,実行することを要求される.
IOMにより提案された第二の,そして重要な問題は,患者の追跡調査に関することであった.
薬剤開発の初期において,投与コース完了後,試験参加者を2〜4週間のみモニターすることが多い.
FDAは,すべての参加者を投与終了後3ヵ月間モニターすることを提案し. FIAUでみられたような予想外の遅発性の毒性がないことを確かめるまで,次の試験を進めないことを提案した.
IOMは,長期間の追跡調査は支持するが,小規模で初期の試験において遅発性現象を解釈することがいかに困難なことかを指摘した.
NIH所長諮問委員会は,この問題に踏み込んで,長期問の追跡期間を完了してから次の臨床試験を進めるのでは,薬剤開発があまりに遅れ過ぎると結論付けた.
それらの正当な妥協点は,前の試験の患者をまだ観察中であっても次の試験を進めることを許可することと考えられる.
最後に. FDAは,有害反応報告に関する必要事項の変更を提案した.
現在,研究者は,すべての予測できないまたは重篤な有害反応を適宜報告しなければならない.
予測できない有害反応とは,薬剤に関する既存の情報により予測できない反応のことであり.重篤な反応とは.生命を脅かす,永久的な障害を起こす,即時の入院が必要なもの,あるいは先天異常,がん.過剰投与である。
FDAは,以下のような重篤な薬物有害事象の再定義を提案した.
致命的あるいは生命を脅かし,持続性または有意な障害を引き起こす(無力,入院の必要または延長,永久的身体機能障害または永久的身体構造損傷を防ぐためには内科的または外科的介入が必要.あるいは先天異常).
明らかに,今回のFDAの意図は.新しい医薬品が有害に作用する可能性について十分な評価が必要であることで,賞賛に値する.
しかし. IOMは,この新しい定義は,安全性報告の膨大な増加につながると考えた.
彼らは,「このような努力を加えることによって得られる便益がリスクに優るかどうかは,疑わしい」と考えた。
臨床研究を実施するうえで,何が我々の目標なのか,被験者に対するリスクを最小限度にして,医学を進歩させることである.
文書業務の必要性が増えれば,被験者を疎かにすることになる可能性が考えられる.
そうなると,研究に対し,恐ろしい影響を及ぼし,費用が高くなり,研究者が守りにくい規制を遵守しないことでリスクがより増大すると考えられる.
しかし,独立した臨床医が.更新されていくデータベースを綿密に調べることにより進行中の試験を積極的にモニターする体制を確立できるはずである.
現行のDSMBのシステムは,この方向への一段階であるが,累積的試験報告の定期的な提出が必要である.
委任されたモニターが.それ以外はガードされているコンピューターファイルに思いのままアクセスし,進行している試験の安全性および進行に対する意見を出すことができれば,より良いと考えられる.
臨床研究のための教育
FIAUを用いた研究のように,悲劇的な研究結果は.臨床研究が経験豊かな上級医の指導者の惻で仕事を学ぶ研究者のサイドワークとはもはや考えることができないことを我々に教えてくれた.
それは.慎重なトレーニングを必要とする膨大な事業である.
これは訓練をつむ臨床医学研究者への制度的関与のエビデンスである.
これに加えて,現在NIHは,トレーニングとキャリア開発のための助成金と臨床医学研究者のための奨学金プログラムに資金を供給している
NIHの透明性および真に優れた同僚との注目に値する協力体制は,臨床研究におけるこの悲劇への関心を非常に高いものにした.
これらの試験を単独で行っていたら,物事はまた違った方向に展開していただろうと想像すると恐ろしくなる.
これまで以上に共同研究しようと考えており,より大きな生産性および安全性のためにある程度の独立性を犠牲にしても構わないと思っている.
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